人には器と非器とがある。人の器と非器とを併せて一個の人間が成り立つのである。
内臓から脳髄、骨格・筋肉・血液・神経・毛髪・皮膚・歯・爪などにいたるまで、見ることができ触ることができて、空間を占めているもの、すなわち身体(からだ)と呼ぶものが《器》である。その人の器の破壊されていない存在が、すなわちその人の存在ある。
一方、見ることも触ることもできず、空間もふさいでいないが存在する、とらえがたいものがある。世間ではこれを漠然と《心》と呼んでいるが、これが《非器》である。非器の破壊されていない存在が、すなわちその人の存在である。
この器の部分と非器の部分とを併せ呼んで人というのである。真実をいえば、器も非器も仮の呼び名である。身も心も便宜上の名称である。
人というものをXとすれば、身はXから思考・感情・命令などをするものを除き去ったものである。これを数式にしてみると、
X=人
X-(A+B+C・・・・・)=身=器
というにとどまる。心はまた、いわゆる人から身を引き去ったものをいうにすぎない。これを数式にすれば、
X-{X-(A+B+C・・・・・)}=心=非器
というにすぎない。そして両者を併せて、
X=X-(A+B+C・・・・・)+X-{X-(A+B+C・・・・・)}
というにすぎない。数字に誤りはないが、表示式が長くなるばかりで、Xがどのように処理されたというのでもない。したがって、心も身もなおかつXを脱し得ぬ数式で表わされているにすぎないのである。たとえA・B・Cから進んでD・E・F・Gと既知数を多く増やしたところで同じことである。しかし、便宜上から器と非器とを分け、心と身とを分けて、指呼表示に便利にしているのが自然の成り行きである。
器の部分を離れて人は存在しない。そして非器の部分なしでも人は存在しない。いや、器の部分や非器の部分を離れたりして存在するということは、詩の世界以外には想像することさえむずかしい。
昔の人は、身を外にして心があると思い、心を外にして身があることを思い、心身を分離できると考えていた。人が死んでも肉体が残っていたり、身体の欲求する物欲と心の欲する道義心が相争ったりする場合などから思い至ったのかもしれない。
しかし、死の場合には肉体があっても心が遊離するものではない。死んだ場合には肉体もまた破壊されずにいるわけではない。心臓の鼓動が力尽きたり脳の血管がやぶれたり、あるいは大量の出血があったり呼吸器の障害により脳に血液の供給が十分でなかったり、高熱によって主要機関が破壊されたりして死にいたるわけである。
まれに生き返ってきた人の死後の世界の談話などで、心身の分離の可能性を信じたくなるだろうが、これは真の死でなく不完全ながらも脳作用が継続していたものである。それは微量ながら脳に向かって血液が供給されていたことを物語っている。夢は心理と生理との併合作用であるが、このことと無関係ではない。
しかし、自分の身体を観察してみると、心臓や肺臓、胃袋や腸のように持ち主の命令なしに運動しているものがある。髪や爪のようなものまでも自分の意思・感覚・命令の届かないところで勝手に伸びて、髪などは死んでからも生長を続けるという。これらのものは「自分」と違う感じがある。こんなことにも心身を分離して考えるもととなったのだろう。
われわれは、自分の心臓や肺臓がどんな形をしているのかは、模型や解剖学の図でしか知らない。盲腸など病気のもとになるだけの無用の長物を体内に抱えているが、これなどほんとうは摘出し駆除したい代物だ。腸の無用の長さだって問題である。爪を切るように容易に短縮できるものならばやりたいけれど、そう簡単にはいかない。自分の中にありながら、しかも自分の思うままにならないものがある。これは矛盾そのものである。
このような矛盾を認めると、自分を身と心に、そして器と非器の二つに分けることができるように思えてくる。しかし、心身は二つにして一つ、一つにして二つなのである。心が一割減ると身も一割減るのである。目を失い鼓膜を破れば、視界はなく音の世界は存在しなくなる。極端な話、両手両足が切断され、目も耳も鼻も使えなくなり、生殖能力も除去されても脳だけで生命の存続は可能である。しかし、その人の心は命令を発しても伝達する器官も、それを受けてはたらく器官もすでに存在しないから、心のはたらきは身のはたらける分量しか成果をあげることはできない。
もし極端な話で、頭蓋骨の中の脳だけで生きている人を想像してみよう。その人の心は自意識はあるかもしれないが、外界を認めることも、認めさすこともできないのである。また記憶も器の部分に担われていることは、脳の怪我でそれが失われることがあることでわかる。情欲も生殖器の発達と関係があり、取り去れば情欲も消えるのである。
仏教の渡来とともに日本人の食生活も変わり、思想とともに身体も変わったことは確かであろう。朝顔の花の色が土の中のアルカリ分で変わるように、人の思想も食物によって身体が変わり、それとともに変わるのである。「養は体を移す」というが、身体は思想を移すのである。器と非器は正確に連動しているのである。
器は器だけで存在できず、非器は非器だけで存在することはできない。ある時は器が非器を率い、非器が気を率い、あたある時は器と非器が一体となり、ある時は器と非器が相対したりする。そして器が非器を、非器が気を超越してさまざまな状態を生じる。この交錯するところを《気》という。そして、その気の形に応じてそれぞれが名づけられる。
身体には体格があり、性に性格があるとすれば、体格と性格との交錯するところを《気》というのである。性格は時々分々秒々に変化する。器も刹那刹那に変化するし、非器もまた瞬時に変化する。生れたときから死ぬときまで、変わり続けているのだ。
人がまだ死なないのを気が存在するとし、すでに気がなくなったのを死とする。まさにやろうとするのを生気とし、やろうとしないのを死気とする。やろうとしてできず、やる気がないのにぐずぐずしているのを《余気》という。
気さえあれば必ず気の形があり、気の形があれば必ず善・悪、吉・凶、正・偏、純・駁、生・死、陰・陽の差別がある。普通生理と普通心理、異常心理と以上生理、普通生理と異常心理、以上生理と普通心理・・・・・、これらの組み合わせはすべて気である。気は心を率い、心は気を率い、身は気を率い、気は身を率い、外物は気を率い、気は外物を率い、他気は気を率い、気は他気を率いる。
内省するにしても外に向かうとしても、学問をしようと仕事をしようと、情をコントロールするのも知恵を駆使するのも、芸に遊ぶのも、神に仕えるのも、道義に死のうと悪に溺れようと、人間いっさいの事柄は何もかも《気》が仕切っているのである。この気をだんだんよくしていくことを「気を練る」という。練りに練って、ついに練る必要のなくなることを「炁(気)を化す」という。
人を器と非器に分けるように、天地宇宙を器と非器に分けるのは無理ではないだろうか。元来はそう分けられないものを勝手に分けて、自分の理屈に都合のよいことだけを述べれば、唯心論も唯物論もそれぞれ成り立ち得るであろう。
キリスト教の神の思想は、天地宇宙を人格化して、見えるも触れるもの、つまり物質を《身》とし神を《心》としているに近い。キリスト教以外の思想でも、宇宙に測り知れない大なる主宰者があるとする思想は、みな知らず知らずのうちに宇宙を《器》とし、人の考えの及ぶ限りを人の身のように扱い、その中心に主宰者・造物主を据えている。
2009年8月17日月曜日
幸田露伴「努力論」を読む 第五章-6-2
【器+非器=人間の法則】編述者■渡部昇一
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