現在われわれが住んでいる、この地球全体の質量・位置・回転も、時々刻々、規則的かつ不規則的に変化し続けている。この規則的な部分は学者の精密な計算で把握されているが、不規則的な部分については計測不可能である。
たとえば、隕石など他の天体から来たものは膨大な量にのぼるだろう。そうだとすると、地球の質量は確実に増加しているわけだから、太陽のほうにもそれに見合うだけの物が増加していなければならない計算となる。もしそうでなければ、遠心力が求心力を上回ることになるから、地球の運行軌道が変化を起こしてしまっているはずである。
太古から人類を驚かせた大隕石だけでも数え切れないぐらいだから、地球に降り注がれた隕石の総量はけっして微少であると考えることはできない。ヨーロッパから北極海を回って日本に来航したノルデンシェルド氏の観察によると、隕石によって地球は生成されたあるいは増大せしめられたというぐらいの量なのである。
大隕石による大変動がいつまた起きるかわからない。その大変動が勃発するまでのあおだのある時間が、われわれの天文学や物理・化学・その他の自然科学の仮住まいといえる。
観点を変えて考察してみる。----第一に時々刻々われわれの世界は、太陽熱と地熱の冷却という自体の力の消耗によって変化しつつある。第二に隕石などのような他の世界からの力を受けて変化しつつある。第三にわれわれは知らないけれど宇宙ではしばしば起こっている《隕石が発生する原因》と同じ大変動のために変化している----。
これらによって、われわれの地球は消滅しないまでも《現在相》《現在性》《現在体》《現在力》《現在(動)作》などがしだいに壊されていくことは否定できない。力不減論が真理であろうとなかろうと関係なく、この世界が人間と生物全体に対してはたらく力が《不増不滅》というわけにはいくまい。
昔からインド思想・シナ思想、バイブルの創世記や黙示録などでいろいろと説かていても、この世界が人類の生存に適するようになるには、また人類を生存させることに堪える存在でいるには、必ず時間の制限があるということを忘れてはならない。
さて、すでにして人類と世界との関係に寿命があって、始まりがあって終りがある以上、中間もあり壮期もあり老期もある。人類と人類に必要なものの繁殖生育が容易なときが、すなわち人類と世界との関係の壮期であり、それが困難になったときが老期である。始期と壮期が世界の張る気の時であり、老期と終気が弛む気の時である。中期はその中間に当たる。
仏教やキリスト教や道教は人類の始期が最幸福であると説く。そして文明史家や政治家や科学者は将来に幸福を託している。世界人類は、今のところ衰退の傾向が見えないから、張る気に包まれている時期といえよう。
もし、世界の気がしだいに衰えて晩秋の荒涼たる情景となれば、人類に必要な植物はしだいに矮小化して実もあまり結ばず、根幹茎葉も供給されなくなる。動物も繁殖力が低下してしまい、人類は心身ともに脆弱となる。たとえていえば、マメ科植物を生育する力を失った土地にマメの種子を播くのと同じような状態である。
しかし、世界が永遠に同一状態であり得ないことは前に述べたとおりである。現に石炭になったシダ科の植物は、今日では石炭の採れる地域でも見ることはできず、マンモスなどの古生物はその発掘地点にも現存していないのだ。これらの事実を認識すれば、われわれの世界は時々刻々と変化し続けていることを確信するしかない。しかし人間は、腕をこまねいて泰然と死滅の時を待てるほどかしこくできていない。
もし人類が滅亡に向かって進んでいると悟ったら、猛然と立ち上がって鋭利なツルハシを振るって、掘りにくい知恵の井戸を深く深く掘ることに挑戦するにちがいない。そして燃えるような生存欲の渇きを癒すため、生命の泉にいたるまでしゃにむに掘り進めるはずである。しかし張る気の時が過ぎれば万事休す、人類もついには石炭やマンモスに仲間入りする運命が待っている。
今はまだ幸いにして人類繁盛期である。それがこれから先、何千年何万年続くものか、われわれの知恵では予測できない。虚偽の文明と下劣な私欲のために天地生々の気をわざわざ損なっている人民の国もあるが、世界全体から眺めれば張る気に満ちて人類は繁盛しているといえよう。生存競争の苦痛はたしかにあるが、それは個体や団体が密接に接触しているからで、密度高く播かれた菜種が互いに根を張り合って生長しているようなものである。これは豊かな収穫につながる姿である。
今はたしかに張る気に包まれている。
一年の中では、春が最も張る気が強い。そして今は生々の気が衰えていない期にあるから、夏も秋も冬も張る気のはたらきは絶えることはない。
一日の中では、朝から昼にかけてが最も張る気に包まれる。そして今は生々の気が盛んな世だから一日を通して気は張っている。
世界は世々の気に張られている。
明け方に生じるこの《気象》を全身全霊で受け取ろう。そして、それを自分の生々の気として保持して生きていこう。
夜が明けたら思い切り気を張ろう。そして、陽が沈んだら心おきなく気を弛めよう。
生きているかぎり張る気を保つことができれば、死ぬときに善い弛み方をするであろう。
2009年8月21日金曜日
幸田露伴「努力論」を読む 第五章-7-3
【恐竜と同じ運命をたどらないために】編述者■渡部昇一
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