2009年5月11日月曜日

貧血状態は免れたものの・・・

出典:長沼伸一郎著 現代経済学の直観的方法

いかに貯金は還流されるか
 ここでようやく前の疑問との接点が出てくることになる。つまり「金貨を手元に貯め込むことが社会を経済的に貧血状態に追い込むのだとするなら、現実にわれわれが貯金したお金は一体経済社会のどこに行ってしまっているのだろうか」ということである。
 さて読者が貯金をしているとしても、それは別に裏庭に埋めてあるわけではあるまい。それは大抵は銀行に預けてあるはずである。実は「経済社会の鉄道網」は長距離輸送を行う大規模な幹線鉄道ばかりでなく、ローカル線もちゃんと整備している。
 つまり読者が預金の出し入れのために出かけていく町中の銀行支店というのが、ちょうどそのローカル線の駅に相当するのである。読者の預金は、この駅に集められて目に見えない貨車に積まれて、ある場合には近くの駅で下ろされて使われ、またある場合にはいくつかの駅からの貨車と連結されて遠い経済戦争の前線に弾薬として送られるかもしれない。
 要するに裏庭に埋められるはずだった金貨は、こういう「経済社会のローカル線」が集めて再び経済社会の流通の血管に注ぎ込んでいるのである。それではこれを前の金貨の流れの話にはめ込んでみよう。
 つまり前の話で夕方に各家庭に持ち帰られた金貨100万のうち10万を貯金に回すというところからもう一度やり直すことになるわけだが、今回はその10万は裏庭に埋められるかわりに、銀行に持っていかれるわけである。
 そして翌日の昼ごろ90万の金貨が奥さんたちの財布とともに電車に乗るわけだが、これと時を同じくして10万の金貨も目に見えない「経済社会のローカル線」に乗ってやはり都心部に送り届けられる。
 ここでもし銀行というものが完全な慈善事業であって、会社を回ってその金貨をただでばらまいていけば話は極めて単純である。会社はその日、売上げからは90万しか金貨を得ることができなかったが、慈善銀行がただで恵んでくれた10万をそれに足して、夕方には従業員にちゃんと100万の金貨を渡して家に帰してやることができる。
 しかしもちろん現実の銀行とは金儲けのための組織そのものであり、こんな結構な寄付をしてもらえるほど甘くはなく、実際にはここでワンクッション置かれることになる。そしてここで出てくるのが「事業拡張のための設備投資」というものであり、要するにパン屋の窯の増設の話である。
 このためここで都心の会社を二つのカテゴリーに分けて考えねばならない。一つは、前と同様のデパートとその周辺の会社であり、もう一つは「新兵器製造業者」すなわち事業拡張や新製品量産のために必要な生産機械やら設備やらを売る会社である。
 後者の会社の取り扱う商品とは、例えばパン屋を顧客とする場合には新しい窯だの菓子パン製造機だのといったものである。つまりこの会社は奥さんたちを相手に物を売るのではなく、相手にするのはもっぱら会社の経営者であるが、物を売って金貨を稼ぐという点では前者と同じような会社である。
 さて「経済社会のローカル線」つまり銀行が都心に運んできた10万の金貨は、まず一旦デパート系の会社(前者のカテゴリーの会社)に貸し付けられる。もちろん借りた側は事業拡張のための資金が欲しくてそれを借りたのである。
 そしてこれらの会社はその足で「新兵器製造業者」(後者のカテゴリーの会社)のところへ装備を買いに行く。この段階で10万の金貨は「新兵器製造業者」の手に渡る。
 そして新兵器製造業者も、取り扱う品目には少々特色があるものの、従業員を抱えた普通の会社であることに変わりはなく、そしてその従業員にも家庭と妻子がある。そのため10万の金貨はやはり彼らに分配されて郊外に下る。
 少々話がごたごたしてしまったが、次の点に注目すれば問題は単純にできるだろう。要するにわれわれにとって重要なのは、電車に乗って上ったり下ったりした金貨の量がいくらだったかということなのである。
 この場合、昼までに都心に上った金貨の量も100万なら、夕方郊外に下った金貨の量も100万である。もちろん昼に上る際には、90万は奥さんたちの財布と一緒に、10万は形のない「経済社会のローカル線」に乗って、という具合に2本の別々の「線路」で行ったのだが、100万が移動したことには変わりはない。
 また夕方下る際には、デパート従業員だろうが新兵器製造会社の従業員だろうが従業員には変わりはないわけで、前者が90万、後者が10万の計100万を家に持ち帰る。つまりこれがちゃんと繰り返されている限り、貯金をしても社会は決して貧血状態にはならない。しかし貧血になることは免れたものの、むしろ逆に経済社会は高血圧体質になってしまったと言わざるを得ないようである。

むしろ逆に経済社会は高血圧体質に・・・

つづく

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