2009年5月9日土曜日

守りの百万攻めの百万

出典:長沼伸一郎著 現代経済学の直観的方法

1.2 経済社会の「鉄道網」と資本主義の恐ろしく不安定なメカニズム

貯蓄のもつ二つの意味
 さて大部分の読者は現在、何がしかの貯金は持っていることだろう。ところで読者はどういう目的で、しばしば買いたいものを諦めてまでわざわざ貯金などというものをしているのだろうか。一般に貯金の動機とは何なのだろう。
 それについてはある人は、将来病気になったり失業したりした時に食いつなぐための金をこうして貯えているのだと答えるだろう。別のある人は、百万ほど貯めた時にそれで新しい事業を始めるつもりだから、その時のためにこうして資金を貯めているのだと答えるだろう。
 他にもいくつか答えはあるかもしれないが、それらは大体においてこの二つの答えに結局は収斂すると見てよい。読者自身に照らしてみても、少なくとも将来のことを考える限りにおいては、大体この二つの答えのうちの一方、ないしは両方を答えとして選ぶことと思う。
 ところが実はこの二つの動機は、本質的に全く意味の異なるものなのである。前者すなわち失業などに備えるという動機においては、貯金というものはいわば一種の非常用備蓄食糧のようなものと捉えられている。一方後者すなわち新事業の軍資金という立場においては、貯金というものは離陸のときに一挙に噴かすリフトエンジン用の燃料ストックと考えられている。
 言い換えれば前者は本質的に守りを目的としているのに対し、後者は攻めを目的としている。そして近代社会が貯蓄という行為を、中世とは逆に望ましいものと考えるようになったというのも、それがもっぱら後者に役に立つと見なされたからである。
 実際前者だけを目的とした場合には、貯蓄という行為は全くとんでもない結末を招いてしまうのである。一見すると分かりにくいことではあるが、次にそれをちょっと見てみよう。



 「貯金」「預金」
 ためる・あずける「二つの役目」今は大きな分岐点


つづく

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