2009年6月22日月曜日

幸田露伴「努力論」を読む 第三章-2

【人生を豊かにする自然との共同作業】編述者■渡部昇一
 春になると、人間の顔色もよくなり感情もなごんでくる。これは自意識のせいであろうか。それとも自然がもたらすものなのであろうか。これは明らかに意識だけのせいではなかろう。
 春になって人間の顔色が美しくなるのは、血液の充実に基づくものである。血液はなぜ冬には縮小し、春になると充実するのであろうか。
 この事実は、寒暖計の水銀が明確に示している。そしてゴムまりの中の空気が証明している。水銀や空気は熱を加えると膨張するが、これと同じ理屈で、同一重量の血液も温熱に遇えば、その容積は膨張して増加し、同一容器内では充実したように見える。
 体内のことは複雑な生理によって動いているから、簡単には説明しにくいが、血液が寒暖の影響を受けているのは間違いない。そして血液容量の増加は血圧の増加につながっている。
 脳の中における血量の増加と減少とは、明らかに心理作用に影響する。肢体における血量の増加と減少も心理に影響する。飲酒・入浴・マッサージなどが心理に及ぼす影響は、誰しも認めるところであろう。
 すべて適度の血量増加、すなわち血圧増加は心理的には《陽性》に作用し、感情面には愉快に平和に、そして高揚させるようにはたらく。理性面においても同じように影響を受けているに違いないのだが、感情の高揚の影に隠れて、そのはたらきが鈍らされているように見える。春が人間に及ぼす影響は、その温暖という点からだけ見ても、このとおりである。
 食物の変化が人間に及ぼす影響もまた大きく、昔の人間でさえ「養は体を移す」と認めているぐらいだ。
 春に新鮮な野菜や海藻、山野草の新芽や双葉などを食べると、その食物にふくまれている《特性》が人間に作用を及ぼしていることは間違いない。
 家畜などでも同じことで、春になって行動が著しく変化するのは、明らかに食物のせいである。緑色素などをもつ野菜などを与えなければ鶏も元気がなくなるし、人間でも気分が萎えて血液病などにかかってしまう。野菜をたくさん捕れば血液は清められ、顔色はよくなり気分は爽快となる。
 春にわれわれがとる植物性の食べ物は、薬用のものは言わずもがな、たとえ平凡なものであっても、それぞれが優れた性能・精気をもっていて、何らかの影響を与えてくれることが多い。
 たとえば、からし菜・ふきのとう・みょうが・わらび・ぜんまい・うど・つくし・よめ菜・はまぼうふう、あるいは、たらの芽・さんしょうの芽・菜の莟・筍・三つ葉・ほうれん草などが、たちどころにあげられる。甘くおだやかな味のものから、辛くて厳しい味のものまであるが、いずれも春の食物として生理的に影響を及ぼし、心理的にも何がしかの効果をもたらしている。
 茶の精気は老茶には乏しく、双葉に多い。双葉であっても茶のエッセンスは茶の軸ではなく葉先にある。油菜は平淡なものだが、その莟をたくさん食べると興奮する。いたどりの若い莖をかじれば気分爽快となるし、ふきのとうは、苦味があるせいか薬効を感じる。これらの些細な事柄だけ見ても、発芽した春の植物が人体へ及ぼす影響は大きそうだ。
 香気が人間に及ぼす影響も見過ごしてはならない。沈香・白檀・松脂などの独特の香りは、因襲・習慣から来る連想によるものだけでなく、われわれの心を静める何ものかがある。仏教の儀式には沈香や白檀が使われ、キリスト教の儀式では松脂の香りが香炉から立ちのぼる。
 これらの香りは、動物の生殖時の麝香や、植物の交配時のバラやユリ、ヘリオトロープ、ジャスミンなどの感情を衝き動かす香りと明らかに違っている。このような香りの成分の相違によって、人間は異なった反応を示すわけで、香りが人間に及ぼす影響を軽視してはならない。
 春の世界は、冬に比べて大いに香りのある世界だ。花が香り、若芽や双葉が薫り、陽炎のもえ立つ柔らかな日光の下で、さまざまな香りが立ちのぼる。小溝の水垢まで春には浮き立って流れて臭いを出す。女性はますます女くさく、男性はいよいよ男くさくなる。食べられる植物は、それぞれ独特の香気を発揮する。
 温暖がもたらす物理的なはたらき、植物が与えてくれる生理的・薬物的なはたらきなど、すべて春が人間にはたらきかける明確なる事象である。
 四季の影響は春だけではない。夏も秋も冬もまた同じである。われわれは、春が人間にどういうことをさせようとしているか、また夏や秋冬が、人間に何をさせようとしているのか、このことをじっくり考察して、これに順応し自身をうまく調節していくのが当然であり妙味のある生き方になるだろう。これは人間も動植物も同じように四季からの影響を受けているということである。
 春と夏は、人間の肉体を発達成長させることが、秋と冬に比べて多く行なわれる。秋と冬は、心霊を発達成長させることが、春と夏に比べて多く行なわれているように思う。春夏の四肢を多くはたらかすときは、目に見えて四肢が発達する。秋冬の脳を多くはたらかすときは、目に見えて脳が発達するようだ。そして春夏に体育に励んだ人は、秋冬にはスムーズに脳を発達させているようだ。
 春夏に、自然の摂理に逆らって、あまり体を動かさないで過度に脳をはたらかすと、脳の機能・器質の変調を来すように思える。そしてまた春夏が夏至までに、みだりに脳をはたらかした人は、ややもすると精神疾患にかかったり激しい発作を起こしやすいようである。自然の摂理、四季の流れに逆らうと、どうしても身体にヒズミが生じてくるのではないか。
 人間は、それぞれの内省的能力をそなえているのだから、自ら深く考察して、さらに人間と自然(四季)との関係を見極めて、上手に適応できるよう自らを調整しなければならない。

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