2009年6月5日金曜日

幸田露伴「努力論」を読む 第一章-3

【自分の人生に「福」を積み立てる三つの秘策《借福》】編述者■渡部昇一
 船を出して風に遇うのは何の不思議もない。水上は広々としていて風は自在に吹いている。その風が自分の行きたいと思っている方向に吹いているときは、その追い風を《順風》といって、そのプラス作用を喜び、行きたい方角から逆に吹きつけてくる向かい風を《逆風》といって、そのマイナス作用を嘆く。
 順風でもなく逆風でもない横風の場合は、帆を操り舵を使う技術と自分の船の形の優劣の差はあるが、風を利用することはできるから、いちがいに運不運を語ることはできない。
 ところが同じ南風でも、北行する船には福となっても、南行する船には福とはならない。つまり順風として喜んでいる人が遇っている風は、逆風として嘆いている人が遇っている風とまったく同じ風なのである。だから、善い船だから福をさずかったのではなく、善くない船だから福にあずかれなかったということにはならない。福を受けるのも受けないのも巡り合わせであって,もとはといえば同じものであって、福があるとか福がないとかは、元来どうともいえないようなものである。
 また観点を変えてみると、船を出そうとするとき、あらかじめ十分に風の予測を立て有利な風をつかまえる方策を考えて出港することもできるのだから、運不運や福不福をすべて偶然の巡り合わせと速断してはなるまい。
 人が社会で遭遇する事象はさまざまであるが、俗世間でいうところの《福》とは、社会という海上で無形の風力によって容易に地位・権勢・富を得た場合のことを指している。福を得たいという希望は大衆の無理からぬ夢ではあるが、人間にははるかにもっと大切なことがある。
 とくに優れた人でもない人が福を得たがるのは無理もないことで、非難すべきではない。しかし福を得たいばかりに淫祠邪神を拝むことも平気で、白い蛇をありがたがったり、化け狐を拝んだりするのは見苦しいというべきだろう。しかし、世の中の多くの人がいろいろ苦心し努力するのも福を得ようとするためであると思えば、福についても論じておいてもよいであろう。
 太上といわれる最も優れた人は得を立て、そのつぎは功を立て、そのつぎは言を立てるという。彼らは禍福吉凶などは枝葉末節として問題にしない。「どうやったら福が得られるか」ということにとどまっていたら、その弊害は救いがたいものとなり人間は大道を外れてしまう。問題に直面したら、「正当か不当か」を論ずるべきであって、「幸か不幸か」などは論じなくてもよいことである。
 しかしまた一方、「正当か不当か」を極端に追求すると、人間は狷介・偏狭になりがちだし、禍福吉凶・幸不幸・運不運ばかりを多く語れば、人間は卑小になってしまう。まことにいいにくい問題であるが、読者は私の意のあるところを汲んでいただきたい。
 幸不幸というものも風の順逆と同様に、つまりは主観の判断によるものだから《定体》はない。しかし、大まかに幸福な人、不幸な人と仕分けして観察すれば、そのあいだには微妙でおもしろい事情があるようである。まず第一に幸福に遇える人は、まず《借福》の工夫ができる人だといえる。
 では《借福》とは何か。《福を惜しむ》ということは、福を使い果たしたり取りつくしてしまわないことをいう。有り金を浪費に使い果たすのは借福の知恵がないのである。正当なこと以外には無駄づかいしないのが《借福》である。
 またたとえば、母親が洋服を新調してくれたら喜んですぐに着込みまだ着られるのに古い服を押入れに放り込んでカビが生えるままにし、新しい服もすぐに着くずしてしまうのは、これまた借福の心が欠けているのである。母親に感謝しつつ新しい洋服は冠婚葬祭用に古い洋服は普段着に活用するようなやり方を《借福》の工夫という。こうすれば古い服も新しい服もそれぞれの使命を果たすことなり「褻にも晴れにも一張羅」というような寒々とした姿にならずにすむ。こういうのを福を惜しむというのである。
 木の実でも花でも十二分にみのらせ花を咲かせれば収穫も多く美しいにちがいない。しかし、これは福を惜しまないことで花や実を十二分に熟させると木は疲れてしまうのである。
 二十輪の花のつぼみを七、八輪も十輪も摘み去り、百個の実がみのらないうちに数十個摘み取ってやるのが《借福》である。こうすることで花も大きく実も豊かに、そして木も疲れないから来年もまた花を咲かせ実をつけることができる。
 「幸運は七度人を訪ねる」という諺がある。つまり、どんな人にも幸せのチャンスは何度かやってくるという。それをこれ幸いとばかり、幸運の調子に乗って目いっぱい取り込んでしまうのが福を惜しまぬことであり、控え目に自ら抑制することが《借福》の心なのである。福を取りつくさず、使い果たさないことこそが《借福》の神髄だ。

 他人が自分を信用してくれて、無担保・無利子で十万円(今なら何億円にもなる)貸してやろうというとき、その十万円を喜んで借りることはちっとも不都合ではない。しかし、ここでも《借福》の工夫においてやや欠けたりすることがある。同じ借りるにしても十万円全部でなく一部を借りるとか正当な利子を払うとか妥当な担保を提供して借りることが《借福》なのである。つまり自由に十万円使えるという「福」を使いつくさずにおくという心掛けが《借福》の工夫というものである。
 倹約や吝嗇を《借福》と誤解してはならない。受け取ることができる福をすべて取りつくさず使い果たさず、これを天といおうか、眼には見えない茫々たる運命にあずけておくとか、積み立てておくことを「福を惜しむ」というのである。
 不思議なことに借福の工夫を積んでいる人は福によく出遭い、借福の工夫に欠けた人はめったに福に出逢わないものである。これはおもしろい世間の現象ではないか。
 世の富豪といわれる人を見ると、やはり借福を理解する人が多いことがわかる。また才能・力量がありながら浮沈している薄幸無福の人を見ると借福の工夫に欠けている人が多いということに気づくであろう。
 借福の工夫がないために哀れなる末路を見せた歴史上の人物に平清盛・木曽義仲・源義経などがいる。つぶさに観察すればその理由が理解できるであろう。
 徳川家康は豊臣秀吉より器量において一段も二段も劣っていたかもしれない。しかし、借福の工夫において数段まさっていたため徳川三百年の礎を築くことができた。古紙一枚も粗末にしなかった家康は、聚楽第の栄華を誇った秀吉を凌いだのである。当時の諸公は馬上で兵を指揮する豪傑ぞろいであったが《借福》の工夫に欠き、経済もでたらめとなって力を失い、封土を奪われる例が多かった。家康が莫大な黄金を残して幕府の初期数代を安定させたのと違いを思うべきである。
 福を惜しむことができないのは器量が小さくて性急な人で、福を惜しむことができるのは器量が大きく寛大な人であることもわかる。監獄を出たばかりの人間が餓えた狼のように前後も忘れてむさぼり食ったりするのと似たような感じの人間がいて、大金を浪費して遊び回ったりするものだが、それは豪快に似ているが《借福》を知らぬ哀れな人間である。それは重厚の反対の寒酸というものである。
 福を取りつくせば福の種一粒もなくなってしまい、急に再び福が生じてくるくることはない。それに引き替え、名門の人たちは美酒佳肴を目の前に並べられてもうろたえたりはしない。この人たちは、すでにして福人であり福を惜しむことが身についているからである。
富豪の三井家や住友家、酒田の本間家が連綿として繁栄しているのは、それぞれよく福を惜しむことによって福が尽きず、福が尽きないうちに新しい福に出遇ってそれを上手に取り入れているからである。外国の富豪にしても例外ではない。
 鳥は鳥を愛する家の庭に集まり、草は草を除き残す家の庭に茂るのである。福もまた取り尽くさず使い尽くさない人の手に訪れるのである。人の一生には七度訪れるという福の神も、《借福》の工夫がないと、福の神を虐待するようなことになって、もう訪れなくなるのだ。たまたま福を取り尽くさない人であっても使い尽くす人だったり、使い尽くさなくて取り尽くす人だったりする。このように、世の中には福を惜しむ人が少ないから、福者もまた少ないのである。

 個人の《借福》の工夫が大事なことなら、国家・団体の《借福》の工夫も一層真剣に考えなければなるまい。
 水産業はどうであろうか。魚は数万数百万個の卵を産むが、それでさえ《借魚》の工夫がなく酷漁すれば、遠からず獲り尽くされてしまう。貴重なラッコやオットセイなど、我が国沿海の海獣は乱獲された結果、絶滅の危機に瀕した。
 ヨーロッパ、とくに英国においては蒸汽船によるトロール漁業で、底魚を根こそぎ獲ったため魚類資源の枯渇を来している。そのため、その蒸気トロール船をはるばる我が国に売って利益を得るようになった。わが国もその悪い前例を教訓として、すべて目先の利益だけを追って福の枯渇を来さないようにしなくてはならない。
 山林も無計画に乱伐され、禿げ山や渇水を全国いたるところにつくり出し、自然の破壊が進行している。さらには天候さえも影響を受けて、そのため一夜豪雨に見舞われれば山は裂け水はあふれて不測の災害を招いたりする。なんたる愚かなことか。
 国家が福を惜しむならば、水産には画地法・限季法・養殖法など漁法制度があり、山林にも輪伐法・櫂伐法などのやり方もあるのだから、《借福》の工夫でそれぞれの産業を永く栄えさせていかなければならない。国が福を惜しめば福国となるのである。
 軍事にしても同じである。名将と勇卒を誇って武力を愛借する心がなければ、ついには破滅の憂き目に遭うことになるのだ。武田勝頼はけっして弱将でも愚将でもなかったが、惜しむらくは《借福》の工夫に欠けており、福を使い果たして禍を招いてしまった。長篠の戦は福を惜しまざることはなはだしく、馬場信春、山縣昌景をはじめ勇敢なる将兵の大部分を失って滅亡への道をたどったのである。将兵の勇敢なのは大きな「福」であるが、これを惜しまなければ福の尽きることは、お金の場合と同じである。
 英雄ナポレオンもまたしかり。武略の天才で、不世出の逸材でありながら借福の工夫が不足していたため、無謀なるロシアへの大遠征で武運が尽きてしまった。
 我が国海軍の精鋭も同じこと(本項は日露戦争直後に書かれた)。今でこそ世界にその勇名を轟かしているが、軍備も兵士も限りあるものだ。軍人精神にしてもパンを焼くように一朝一夕で培えるものではない。精鋭なる陸海軍は我が国の大幸福であるが、それでも《借福》の工夫を忘れたら、たちまちにして国家存亡の危機を招くだろう。
 《借福》の人には、なぜ福がしばしば訪れ、《不借福》の人には、なぜ福が近づいてこようとしないのか。正確な理由は説明がむずかしいが、わたしが確信をもっていえることはただ一つ・・・・・「福を惜しむ人は他人に好かれ信頼されており、福を惜しまぬ人は他人に憎まれ危惧されている」ということである。このような原理が暗々の中に人の目に見えないところではたらいているのであろう。

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