境遇の変化も、《張る気》を生じさせる要因の一つである。
昨日まで貧乏だった浪人に役人のポストが回ってきたとか、先月まで上役にあごで使われていた人が独立して会社を興すとか、あるいは草深い田舎から都へ進出するとか、虚栄の都会から脱出して山紫水明の地に移り住むとか、いろいろな変化がある。
また大富豪がたちまち没落するとか、貧乏人がにわかに大金持ちに成り上がったり、あるいは後家さんに新しい夫が現れたりもしよう。
このように、新しい状況・環境を目の前にすると、人間の気は自然と張ってくるものである。それら自ら意識して大いにその気を張ることに基づくが、無意識に張ってくる場合もある。
土地・気候・空気・風俗・習慣・言語などが今までと異なったところへ行けば、自分が受け取るものが昨日と今日とで大違いだから、心身の状態が大変化するのは自明の理である。それが自分のとってプラスの状態であってもマイナスの状態であっても、人間に活力が、つまり生気があるかぎり、その気は大いに張っているはずだ。
境遇の変化が、なぜ人の気を張らせるのか。
ひと口では説明できないから、三つの場合に分けて考えてみたい。つまり善く変わった場合、悪く変わった場合、どちらともいえないが、ともかく変わったという場合があるから、それぞれのケースについて考察してみたい。
まず善く変わった場合。
身体状態も精神状態もともに善く変わって《張る気》が充満してくる。汚れた空気の中で暮らしてきた人がきれいな空気を吸えば、咽喉・気管・肺臓が快適になるだけでなく、肺における酸素の供給が十分だから血液の浄化作用が完全に行われる。すると脳をはじめとする全器官への循環がスムーズとなって、胃や腸などの消化器官も活発にはたらくようになる。摂取と排泄は緊密に連携し、新陳代謝は正しく機能するから健康は増進する。健康が増進されれば、当然のことながら精神状態もきわめて良好になる。
健康が善変すれば精神も強化され、強い意志は筋肉に力を増強させる物質を送り込む。そして今度は、身体の力量の増加が精神の力量の増加となって戻ってくるのである。潮が刻々と満ちてくるように、春の温度が日に日に高まるように、精神の力量が身体状態によってしだいしだいに増加する場合には、気は自然に張っていくものである。張るというのは、無から徐々に有を生み、少から徐々に多に広がっていく場合をいうのだから、たとえごく僅かずつにせよ、精神の力が増加していくのは気の張る現象なのである。
境遇が善く変わる際、ただちに精神状態が快適になるということも、まさしく張る気を生む一因であると同時に、身体状態の変化が精神機関の実質-----脳・神経系など-----を改善させ、その結果として精神力量を徐々に増加させる現象が、自然に《張る気》を生み出すということもある。善く変わる場合の気の張り方には、このように直接的なものと間接的なものとがある。
ところで、善い変わり方にせよ、悪い変わり方にせよ、境遇の変化は張る気を生じるものである。すべて新しい刺激は心の海に新しい衝動を与えて波風を立てる。その波風の衝撃は心の海の死の静けさを打ち破り、腐った空気を一掃する。こうして新しい気は自然にみなっぎてくるのである。
すべての生物には、その活力があるかぎりは、異変に応じて自己を防衛保存する作用が先天的に与えられているから、外界の新しい変化に対抗できるのだ。その対抗作用が働く場合、今まで長く働いて疲れていた精神の一部分が休息し、代わって今まで休んでいた精神が猛然と立ち上がって働いたりする。まるで政権交替のようだが、かくして心機一転、気は張り力が横溢したような状態となる。
人類に限らず、他の動物でも植物でも、長く同一状態に置かれると枯衰する。動物が同一状態を繰り返すときは、身体も精神も同一器質と同一機能だけが使われるため、ある程度までは進歩するが、そこからは倦怠疲弊するだけである。植物は常に根幹茎葉を張って、自然に同一状態にあることを避けているが、もし盆栽のように同一範囲内に閉じ込める場合、枝葉を剪定したり、肥料を適切に施したりして、その単調を破ってやらなければ枯死してしまう。一年生植物でも、マメ科やナス科のように連作を嫌うものがあるが、これは明らかに同一系統のものが長く同一状態を繰り返す不利を訴えているのである。
人間もまた、この例から逃れられない。境遇の固定は、たしかにある程度までは安定して幸福であるが、ある程度を過ぎれば発達進歩は停止し、次は萎縮不振を来し、ついには《張る気》を喪失してしまう。
草木は動物と違って、ある場所に植えられたら自分で移動することはできない。しかし健気にも、絶えず努力して新しい土へ新しい土へとその根を伸ばし続けている。そして地中の障害物にぶつかると、しばらく発達を休止するが、その障害物のひび割れや隙間を見つけるとまた元気を取り戻して根を伸ばす。宿根草のあるものは、しだいに腐っていく旧根の反対側から新根を下ろして成長するから、まるで歩いて移動するかのように見えたりする。これもまた、新しい境遇に新しい土を求め、自己の生に必要な栄養分を吸収しようと努力している姿なのである。
2009年8月2日日曜日
幸田露伴「努力論」を読む 第五章-2-7
【温室の中では成長は頭打ちになる】編述者■渡部昇一
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